being on the road...途上であること

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2005年 02月 11日

僕が僕であること

職場からの帰り道,視界いっぱいに輝く星空を見つめながら,僕は中学生時代のことを思い出した.



それは大分県の久住山で見た光景だった.



僕は小学生時代から,僕が住む地域のボーイスカウトに所属していた.

2週間に一回くらいの割合の班集会,1ヶ月に一回の隊集会に参加して,野外活動や奉仕活動に精を出していた.

一緒にボーイスカウトに所属したやつらは,定期的に集まる集会に飽きたのか,年を追うごとに辞めていったけど,僕は中学時代のクラブ活動が忙しい時期でも辞めようとは思わなかった.

きっと,派手に体を動かすスポーツとは違った,野外活動が僕の性格に向いていたんだと思う.

今でこそ,人付き合いがあまり得意ではない僕も,当時はそれなりに活発に活動していて,いつの間にか班をまとめる責任ある地位にいた.

そんな僕にある話が来た.

日本のボーイスカウト最大の集会である日本ジャンボリーに参加しないかという誘いだった.

ジャンボリーは日本各地のスカウトが一同に会する巨大な集会で,各スカウトが通常所属している団を離れ,近隣の団からジャンボリーに参加するスカウトだけで新たな隊を結成し,参加する.

また,日本ジャンボリーに参加するスカウトは,スカウト活動内でそれなりの経験を積んでいなければならないことから,お誘いが来ることは一般的に名誉なことである.

そのジャンボリーに参加する隊で,これまでの経験が認められたのか,僕はオオカミ班の次長に任命されてしまった.(スカウトの班の名前には動物の名前がつく.)

これが,ちょっと困ったことだった.

実は,ジャンボリーに参加するスカウト達は普段別々の団に所属しており,互いに全くの赤の他人である.

従って,親睦を深めるために,事前にジャンボリーに参加する隊で4回ほどの親睦キャンプを行うのだが,当時,僕は自身の中学校でバスケットボール部に所属しており,毎週土日は練習や試合に明け暮れていて,親睦キャンプには一度も参加できなかったのだ.

つまり,ジャンボリー本番まで,僕は自分の班員の顔さえ知らなければ,声すら知らない.

もっと言うと,名前さえ知らなかったし,班員が何人いるのかも知らなかった.

唯一,知っているのは班長の名前と声.

流石に,班長とは電話で打ち合わせしていたので,それくらいは知っていたが,相棒の顔すら知らないという,なんとも心細い状態だった.

しかし,よく考えてみれば,次長という仕事は班長の次に責任があるわけだから,班長がいれば問題なく仕事は進むはずだし,僕は特に気負うことなくやっていけるんじゃないかと安心することにした.

ところが,現実はそれほど甘くなかった.

ジャンボリー参加スカウトによる親睦キャンプは3回目を迎えようという頃になって,ある事実が発覚した.

1週間にも及ぶ長期キャンプの中で,班長は前半3日間お休みするというのだ.

いま考えれば,「当時からこういうネタだらけの星の元に生まれてきたんだな」と納得してしまうだろう僕も,当時は本気でびっくりした.

頼りにしていた相棒が遅れてくると言うのだ.

当然,それまでの間,班の最高責任者は僕になる.

見知らぬ後輩スカウトを相手に取り仕切ることになるなんて,想像したことがなかっただけに,空恐ろしかった.

はっきり言って,行きたくなくなった.

しかし,いつまでも,うじうじしているわけにはいかないので,覚悟を決めて,僕は出発の日を待った.



出発当日,神戸市内某所に集まった僕の隊のスカウトは互いに,ジャンボリーへの期待を語り合っていた.

一方で,僕はといえば,自分の班員の顔さえ知らないので,誰が自分の身内かもわからずに佇んでいた.

オオカミ班の班員も,ハセガワ次長という人物の存在は知っているようだったが,親睦時キャンプに一度も参加したことのない人物に対する不安が聞こえてくる有様だった.

同時に僕の不安も増すばかりだったが,その雑談の中に,電話で聞き慣れた班長の声が聞こえた.

前半3日間は不在ということだったが,流石にいたたまれなくなったのか,僕等を見送りに来てくれたようだった.

初めて顔を合わせる班長は人の良さそうなやつで,頼りになりそうだった.

というか,その時点で,班長以外の班員の顔も名前も知らない僕には,頼りになりそうに見えたというところか.

一応,班員に僕を紹介してくれた班長だが,それもつかの間で,僕等の乗るバスは班長を残し,大分県の久住山に向かった.



ジャンボリーは巨大である.

全国からスカウトが集まるわけだから,小規模なはずはない.

九住山自体が大きな山のはずなのだが,このジャンボリーに参加したスカウトは3万人を越えており,突如として現れた大規模な集落に,九州の山は埋め尽くされた.

各隊のスカウトが設営したテントは,丘の向こう見渡す限りに展開していて,嫌が応にもその規模を感じ取ることが出来た.

僕の隊もテントを設営しなければいけなかった.

初めて見る,最高責任者である僕の指示に従いながら,テントを設営する後輩スカウト達.

僕等に与えられた宿営地はかなり条件の悪い立地だったが,そんな不安定な地盤の上に立派なテントを立てることができた.

そう.初め考えていたよりもうまくいったテント立て.

僕は自分に能力が足りない分だけ真面目には取り組む方だ.

改めて考えてみれば,僕がこれまでに得たスカウトとしての経験と知識は他の誰にも劣ることはないし,むしろ優れている点の方が多かった.

その後の,班員の統率やテント周りのメンテナンスなども班員の協力を得て,最高の状態を保つことが出来た.

ロープ結び,手旗信号,コンパスの使い方,その他あらゆる点において優れた技量を発揮することができた.

事実,そのクオリティは隊内で表彰対象になったくらいで,後に聞いた話では,「オオカミ班にハセガワあり」と引率の隊長や副長の間でも話題になったとのことだ.

当初,ジャンボリーに参加することに,また,急遽のしかかってきた責任に苦痛を感じていた僕だったが,次第に苦痛は満足に置き換えられ,最後には本当にジャンボリーに参加できてよかったと思えるようになった.



あまり気に負わなくていい.

案ずるより生むが易し.

人は,置かれた状況に適応する生き物.

初めは不安だし,もしかしたら初めはうまくいかないかもしれないが,あきらめず自分に自信を持って何事にも取り組むべきだと知った15の夜.

そして,その夜,見上げた夜空に流れた無数の星達.

今までに僕が見てきた夜空が,まるでプラネタリウムで見た作り物の夜空だったかと思わせるような美しい光景だった.



今,この都会の夜空には,15の夜に魅了された美しい光景は存在しないけど,僕の心の中には,僕が僕であることを証明する記憶として今も鮮明に焼きついている.




記憶の片隅から引っ張り出した光景を思い出しながら,僕は考えた.




















世間は3連休とか言ってはしゃいでるのに,


なんで祝日に早出して,


夜空が見える時間まで仕事しているんだろう!?




なんで明日も普通に仕事があるんだろう?




なんで1連休なんだろう?




そもそも「1連休」って連休じゃないよね,うん.

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by beingontheroad | 2005-02-11 22:12 | メイン(仮)


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