being on the road...途上であること

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2005年 03月 07日

かつて無邪気だった僕へ

誰にでも,郷愁っていうのはあるんだと思う.

「故郷とは遠くにありて思うもの」とはよく言ったもので,離れれば離れるほど,かつてすごした故郷の思い出が懐かしく思い起こされるものだ.

僕は「郷愁」は決して距離的に離れることによってのみ深みの増すものであるとは思っていない.

「郷愁」は,距離だけでなく,むしろ時間的に離れることでも深みを増すものである.

郷愁に限らず,昔の記憶を何かに宿していて,宿している物を見た瞬間にふと思い出すもの.

そんなこともあるだろう.

きっと今から僕が書くことも,そんな体験の一つだったのではないだろうか.





僕の生まれた街は新興住宅地にありました.

自宅の周りには住宅以外にはスーパーマーケットくらいしかなく,単調な街で,僕は常々この世界の外を見てみたいと思っていたのです.

思えば,その頃から「旅に出てみたい」という気持ちが幼い僕の中に既に宿っていたのかもしれない.

そんな小さい頃の僕が楽しみにしていたのは,父が車で30分くらいの祖母の家に毎週家族を連れて行ってくれること.

祖母に会えることも楽しみだったけど,小さな僕には外の世界をのぞく機会は祖母宅へ行く時くらいでしたから,喜んで父について行ったんだと思う.

毎週訪れた祖母宅の周りは,僕の家の周りと違って,下町だったので,小さな商店がたくさん並んでいて,活気がありました.

今でこそ,スーパーマーケットやコンビニで買える駄菓子も,当時は新興住宅地の僕の家の辺りでは見かけることなく,10円や30円程度の小遣いでいろんな駄菓子が買えるのは,幼い僕には非常に魅力的でした.

僕らが祖母宅を訪れた時,祖母は毎回,僕と弟に100円玉を与えて,近所の駄菓子屋で駄菓子を買わせたものだった.



祖母宅の前には本屋さんがありました.

下町だったので,本屋といっても小さな本屋で,文庫本とかハードカバーとか回転の悪そうな本はほとんど置いていなかった.

回転のよさそうな雑誌だけが商品として並び,あとは貸し漫画とワンプレイ30~50円程度でできるゲームがありました.

祖母はよく僕らに雑誌を買ってくれました.

子供というのはちょろちょろ動き回る傾向にあるので,お爺ちゃんお婆ちゃんは本やお菓子を与えておとなしくさせておくことはよくあることだ.

幼稚園にもまだ行かないような小さい頃だったので,祖母は「てれびくん」とか,そういった幼児向けの雑誌を僕に買ってくれたのでした.

あまり雑誌の内容を理解していたとは言いがたい年齢ではあったものの,TVの戦隊ヒーロー物の特集や,ギャバンやシャリバンが登場する雑誌に心を奪われていました.

そんな雑誌の中にはよく懸賞の応募がありました.

実際,当時の「てれびくん」も例外ではなく,上述のギャバンや何たらの人形やゲームが当たる懸賞があったのです.

今になって考えれば恥ずかしい話だが,僕は懸賞に応募するはがきを書く大人の苦労など全く分かってなかったので,毎回のように懸賞に応募するのを祖母や両親に頼んだ.

「ただで応募できるわけじゃないんだから,いい加減止めなさい」

なんて母に言われても,祖母が

「ええよ,ええよ」

なんて言ってたくれたものだから,甘えてしまって,よく懸賞の応募をせがんでいたのを思い出す.



そんな懸賞はほとんど当たったためしがなかったんだけど,一度だけ,幼い頃に一度だけ懸賞に当たったことがあった.

それはいわゆるチョロQだった.

まるで,ウルトラマンに出てくるゴモラみたいな怪獣で,チョロQのように後ろに引っ張って放すと,走り出すと共にライターの着火石が回転して火を吐く・・・,そんな子供にとっては優れもののおもちゃだった.

ホントは,懸賞のページでその怪獣の隣にあったゴジラが欲しかった.

母に頼むときに間違えてゴジラの隣にあったその怪獣を指差してしまったことがきっかけで僕の手元にきたその怪獣だったけど,ゴジラみたいな人気の怪獣なら募集者数が多くて僕の手元には届かなかったかもしれないと考えると,不満はなかった.

さらにタカラの商品じゃなかったので,厳密な意味でチョロQではなかったものの,初めて当たった懸賞に僕は十二分に満足していた.





あれから20年以上の月日が経つ間に僕は懸賞に応募することは殆どなくなっていた.

大学時代にいくつか応募して当選していたものの,大学院に入学してからこっち,当たるか当たらないか分からないものに応募するということに対してそれほど魅力を感じることはなく,むしろ「応募はがきを書くのに時間を費やすくらいなら,その分体を休めたほうがずっといい」そんな感じすら涌くようになっていた.



そんな忙しい僕の生活の夕飯の主食はチキンラーメンだった.

あれなら安いし,食事を買いに行く必要もなければ,調理する必要もない.

安く販売しているときを見計らって,近所のスーパーで買いだめしておき,研究の合間にお湯を入れてそれで一食にする.

夕食に時間を割くのも億劫な毎日.

あるいは,食事に時間を割くことすら出来ないほど余裕がなかったのかもしれない.

そんな毎日のチキンラーメン摂取を行っている最中に僕はあることに気が付いた.

チキンラーメンで,懸賞をやっているのだ.

「どうせ,ひよこちゃんぬいぐるみの懸賞でもやってるんだろう・・・」

一人暮らしを始めてから殆どの時間を研究室で費やしていたが,たまに帰る部屋のは手狭で,実用品以外の置物など置こうものなら行動範囲はさらに狭くなってしまう.

なので,「懸賞」と聞いて少しノスタルジックな感情に陥った僕も,一気に興ざめし,目の前にあるデータとにらめっこを始めるはずだった.

しかし,実際に僕がにらめっこを始めたのはデータではなく,懸賞の応募はがきだった.

「チキンラーメンを食べて国分太一&仲間由紀恵のマイどんぶりを当てよう!」

応募はがきにはそう書いてあった.

「・・・実用的ではあるな・・・.」

そう考えた僕は次の瞬間には,自分が食べたチキンラーメンのバーコードをはがきに貼り付けて,懸賞に応募していた.




それから数ヶ月がたったある日,僕の自宅に小包の不在票が届けられていた.

そう,それは例の「チキンラーメン マイどんぶり」の当選の知らせであった.

僕は早速ダンボールを開き,中のマイどんぶりを手に取った.



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「・・・なつかしい.」




当選の喜びではなく,僕は懸賞を当てたということそれ自体にかつて当選した怪獣のチョロQの当選を重ね,そしてそれにまつわるエピソード,果ては当時の僕自身全てを思い出し,現在の自分の心を当時の思い出の中に浸していた.




あの頃・・・.

色んなことがあったなぁ.

今の僕はかつての僕が夢見ていた僕にになれただろうか?

きっと,それにはまだ時間も努力も足りていない.

まだまだ.

まだまだだなぁ.




その瞬間に僕が浸っていたものは「郷愁」だったのかもしれない.

「懸賞」というデバイスに宿していた当時の記憶は,時間を経ると共に劣化していくのだろうけど,決して完全に失われてしまうことはなく,こうして再び思い出して反芻する機会を与えてくれた「マイどんぶり」に感謝した・・・











でも,もうチキンラーメン飽きたんだよね,うん.


毎日食べてたら体にも悪そうなんですよ,ええ.


で,どうしよう,このどんぶり・・・.






・・・






風呂桶にでもします.
 <最低
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by beingontheroad | 2005-03-07 23:28 | メイン(仮)


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